箴言の中の知識、知恵、悟り(理解)の違いとは?

以下は過去の知恵袋で次の質問に対して回答したものです。


 


箴言で使われている、知識、知恵、悟りの意味の違いを教えてください。
どういう基準で区別して使われているのかが知りたいです。


 


回答:


 


「知識」は文字通り、ある物事に関する情報ですね。

「知恵」は上記の知識を活用して、物事を上手に成し遂げることです。

「悟り」とは「理解」ですが、ある知識と別の知識との関連がつながることです。各々の知識が点なら、その点と点がつながるのが「理解」です。
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また、「識別」とは、ある知識と別の知識との共通点・関連性、相違点が分かることです。

ところで、日本語の「分かる」というのも面白いですよね。「分ける」ではなく、なぜ「分かる」なのか? 例えば、何か物を水の中に「浸ける」(つける)と言いますが、自らが水(お湯)の中に入る時は「浸かる」ですね。ですから、「分かる」とは自らの頭の中で分けられたということです。

一体、何が分けられましたか? そうです、ある物事の違いが分けられたのです。それ以前は頭の中でもやもや~っといっしょくたにされていた知識でしたが、実はそれが異なる要素によって構成されていたことが判明し、その違いが境界線によって「分けられた」ということです。それが「分かった!」という状態なのです。

ですから、ある知識と別の知識との違い、また共通点・関連性を頭の中で明確に「分ける」ことができた時、理解を得るのです。
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似て非なるものはたくさんあります。例えば、「児童虐待」と「懲らしめ(しつけ)」はどこがどう違っていますか? 社会では両者を混同しているかもしれません。しかし、その違いをしっかり識別できる人は理解をもって子供を教育できるのです。

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